お会計0ドルレストラン「カルマ・キッチン」
創設者のニップン・メッタさん、
ギフトの世界に必要な3つのSって?


お会計0ドルレストラン。

カリフォルニア大学バークレー校で有名な街バークレーには、メニューに値段が書かれていないインド料理店「カルマ・キッチン」があります。チェックには、”お会計は0ドル。あなたのお食事は前のお客さんからギフトです。この優しさの輪を次のお客さんにつなぐ、Pay it forward(ペイ・イット・フォーワード。先贈り)の世界にあなたをご招待します”とひとこと。つまり食事代を払うも払わないも、その価格をいくらにするのかも食事をした人に委ねられているレストランなのです。バークレーでは毎月最終日曜日にオープンするこのカルマ・キッチンですが、現在世界に26箇所存在。日本は東京と神戸にもあるそうです。

カルマキッチンの様子

資本主義経済の勝ち組が謎の行動を起こす。

この試みをスタートしたのは、ニップン・メッタさん。バークレー大でコンピューター・サイエンスと哲学を学び、大学三年生のときにはソフトウェア開発・ITサービス企業のSun Microsystemsで働いていたニップンさんは、自分の必要以上のお金を稼ぎます。まさに資本主義経済の勝ち組です。でも20歳やそこらのニップンさんはそこで不思議な行動に出るのです。


「まず持っていたお金が無くなるまで人にあげました」。

…えっ?! 
それだけに留まりません。「お金が尽きたら、自分の時間を提供しました。そういったプロセスを経て、最終的には自分のすべてを投じるという生き方を選びました。この与え続けるという試みは1999年にServiceSpaceというサービスとなりました」。


ServiceSpaceは、シリコンバレーでニップンさんと仲間の4人で始まります。それはボランティア、テクノロジー、そしてギフトという3つの世界をつなぐサービスで、現在メンバーは全世界に50万人以上。カルマ・キッチンを始め、DailyGoodという人間の美しさや世界の可能性に焦点をあてたインターネットマガジンや、毎週水曜日の夜には希望者に瞑想とヴィーガン食を振る舞うAwakin Circlesという集い、そしてギフトの世界に基づいた教育の場などを提供しています。写真は2012年にウェルビーイング分野における世界的な第一人者であるディーパック・チョプラ博士がServiceSpaceでお話をしたときのもの。驚くことにこれらは全て値段の無いサービスなんです。

オバマ大統領の助言者に。

18年以上自分の仕事に価格をつけていないというニップンさんですが、2015年には当時アメリカ大統領だったオバマ元大統領に招かれて、貧困と不平等についての政策提言評議会の提言者となります。その最初のテーマは「何があなたに希望を与えるのか?」

「賢そうなことを思いつく前に私の番になってしまったので(笑)、とっさに頭に浮かんだことを言いました。『私にとっての希望とは愛です』と。『例えばNYタイムズで列の後ろで並んでいた人のコーヒー代を払った女性がいて、それに続く226人の人が同じことをしたという記事を読んだときに。この226人の人は、自発的にPay it forward(先贈り)をしたんです。このように私たちの人生が確かに愛に向かっていると感じるとき、私は希望を抱くのです』。そう答えたんです」。

…でも、与え続ける世界でどうやってサバイブできるの?

とはいえこの世界は資本主義経済。ギフトの世界に生きるニップンさんにも私たちと同じように請求書はやってくるわけで。いったいどのようにしてこの与え続けるという試みを18年以上も行い、その親切の輪を周囲に波及することが出来たのでしょう。

「まず必要なのは、深い人間関係です。それはSocial Capital(ソーシャル・キャピタル。社会関係資本)とも言われます。例えば”社会を変えるために100万ドルが必要だ!”とその資金を一人や二人で準備するのは大変ですが、百万人の人が”うん、キミがやっていることを私も信じたい!”と1ドルづつ提供しあったとしたら? そのエネルギーはとっても深くてパワフルなものです。お金は豊かさの現れのひとつで、そこを無視はできません。けれども豊かさとは、イコールお金とは言い切れず、その形は私たちが考える以上に多様なものです。例えば母の愛。これは途方も無いほどの恵みです。つまり何かを実行するために必要なリソースはお金だけじゃない。愛や人を信じる心も大きな資本となります。私はそれをギフトの世界で日々体験し続けています」とニップンさん。

そこで、「1ドルください!」と協力を呼びかけているのかといえば、ServiceSpaceでは一切のファンドレイジングを行っていません。それはサポートしたいという人それぞれの自由意志、つまり贈りたいという心を大切にしているから。ギフトの世界を継続するためには、それぞれが「ただ自分がこのギフトの世界をつなぎたい」という内的動機づけ(intrinsic motivation)で協力することが重要だというのです。

この内的動機づけとは自己の成長、思いやりの心、人生の目的、純粋な喜びや楽しみと繋がることが行動の動機になっているということ。幸福心理学の世界でも”幸せ”を感じるために欠かせないものだと考えられています。いっぽう外的動機づけ(extrinsic motivation)では、お金、社会的な地位や外から得られる評価、賞や権力がそのモチベーションとなります。

記録を手放し、先贈りの世界でダンスする。

「何かを与えると無意識に記録をとってしまいますよね。誰にいつ何を与えた、というように。例えば記録は頭で行うことだけど、ダンスは心に身を任せること。損得勘定を手放し、ハートに従うことでギフトの世界で軽やかに踊り続けることが出来るのです」。

…ダ、ダンス? ちょっと今の私には次元が高すぎてよくわかりません。そこでニップンさんの試みがしっかりと継続されているのには、いったいどんな秘密があるのかを具体的に尋ねました。



ニップンさんは、ギフトの世界はSocial Capitalを始め、3つのSで成り立つと考えています。

ギフトの世界に欠かせない3つのS。

Service(サービス)

他の人の役に立つこと。つまり、価値を届ける方法を見つけること(価値とはあなたがただ与えたい価値観ではなく、人が受け取りたいものであること)。

Social Capital(ソーシャル・キャピタル。社会関係資本)

たったひとりでは出来ません。あなたの価値観を届けるために支えてくれる人々のネットワークが必要です。それを維持してあなたが今まで受け取ってきたギフトを先贈りという形で与え、感謝の気持ちを表現しましょう。

Surrender  (サレンダー。完全に身をゆだねること)

あなたを形作るものの神秘を信頼すること。つまり苦しい状況下で(”なんで良い人に悪いことが起こるの?”という問いに答えるといったような)、そしてあなた自身が失敗したり心を痛めたとしても、それを新しい境地を開くために役立て、すでにあなたに与えられている贈り物へと自分を調整すること。

道は奥深く、長い。そして体験し続けるもの。

さて、自分を調整するとはどういうことでしょう?

ニップンさんにとってもギフトの世界は一筋縄ではなく、心の葛藤や微妙な変化を体験し続けていると言います。そんな彼がまず行ってきたのは、自分の心作りだとか。「ギフトの旅路はとても長いんです。紙に書かれた記録のように、この人がいつこれを与えた、みたいな単純な話じゃないんですよ。だから紆余曲折しながら、一歩一歩踏み締めながら体験し、その過程を味わうことが大切だと感じています」。

また、どんな形で何を与えたとしても、必ず何かを受け取ることになるとニップンさんは言います。「何かを受け取らずに与えることは出来ないのです。この微細な感覚を持つことはとても大切。そこに気づきはじめると、物の成り立ちをより深く見つめられるようになり、全ての繋がりを感じられるようになってきます」。与えた先に受け取るものは、誰かの笑顔だったり新たなSocial Capitalに繋がる信頼関係、または自分が成長するための学びであったり…。「その奥深さは頭で理解できるものではなく、体験によって腑に落としていくものです」。

ギフトはお金や物に限りません。それは微笑み、励ましの言葉、なんのジャッジもせずにただ話を聞いてあげることや、道端に落ちていたゴミをそっと拾うことかもしれません。時間に追われる日々だからこそ、ただ佇んで目の前にいる相手としっかり向き合うことなのかもしれません。

また頑張り過ぎて「贈りたい気持ち」を失ってしまうほど疲弊してしまっては、本末転倒です。どんな小さなことでも確実な変容をもたらすとニップンさんは言います。それは優しさの輪が池に投げ込まれた石の波紋のように周りへと広がっていくといった外的なものから、自分の心や意識に変容をもたらし、ものの見方や世界をすっかり変えてしまうほどの力強い内的な効果を与えてくれる場合も。

見返りを期待せず、ただ私たちが心から行いたいという気持ちで、出来ることからギフトする。そんなあなただけの贈り物を表現してみませんか?